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4/1(月) ニュース

2013/4/1(月) ニュース

<今日のツイートテレビニュースの話題>
                                                                                                                    Font MSP ゴシック サイズ11

2013/4/1(月) ツイートTV








1 自民と民主もCIA創価学会が喜ぶ同じ連用制
2 日本国憲法に仕掛けられたナチズムの仕掛けワイマール憲法
3 鳥インフルエンザウイルスで世界支配を企む金融マフィア
4 アテルイ、八重の桜から見る本当の歴史と現在の政治状況







<ニュースウォッチ12:今日のニュース>
1 自民と民主もCIA創価学会が喜ぶ同じ連用制

2013/4/1(月) 概要 自民と民主もCIA創価学会が喜ぶ同じ連用制
2013/4/1(月) ツイートテレビ ニュース 概要 自民 民主 CIA 創価学会 喜ぶ 同じ 連用制



もうすぐ33歳 ‏@ishincheck 3月31日
橋下が進めたがる地下鉄民営化に反対する市議会は何かしがらみがあるのか?との意見がある。財界とズブズブの橋下が民営化を急ぐ方のしがらみの方は疑わないのか?


もうすぐ33歳 ‏@ishincheck 3月31日
今朝の「新報道2001」で橋下が出演し地下鉄民営化を主張していたそうだ。橋下は議会で自分の思うように進まなかったらよくテレビに出演する。「議会が僕の言う事を分かってくれない。視聴者の皆さん、どう思いますか」という感じで。WTC府庁移転の時もそうだった。こうして民意を煽動する。


服部順治 ‏@JunjiHattori 28分
ふん、どちらも創価学会が有利になるような法律作りか!CIA創価学会の金融マフィアどもめ!【政論】連用制ソックリの細田私案 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130308/elc13030821410000-n1.htm …

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連用制ソックリの細田私案
2013.3.8 21:40
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130308/elc13030821410000-n1.htm

 「小選挙区の死票の救済が趣旨ならば1票制が筋ではないのか。比例選挙における投票結果を不当にゆがめないか。投票価値の平等に反する」

 自民党の細田博之幹事長代行は昨年2月1日の選挙制度改革の協議会で、こんなペーパーを用意して民主党が提案した連用制を「制度として合理的な説明はあるか」と徹底批判した。

 しかし、この指摘は細田私案にも当てはまる。

 細田私案では中小政党向けの「優先枠」の議席配分を第2党以下に限定する。第2党以下の政党に投じた比例票は「比例代表」と「優先枠」の2回カウントするのに、第1党に投じた票は「比例代表」にしか反映しない。

 最初から第1党の比例票を除外すると決めるか、選挙区選挙の結果に連動して第1党の票を除外するかが違うだけで、名称こそ異なるが民主提案の「一部連用制」とソックリだ。


 伊吹文明衆院議長は6日のBSフジ番組で、細田私案を「憲法上の問題があって難しい部分もある」と批判した。憲法14条が定める「法の下の平等」に違反する可能性が高いからだ。

 第1党が定数削減の影響を最も受けるため自民党は懐が深いとも言えるが、第1党に投票した有権者を軽視することにもつながる。

 そもそも党利党略が絡む国会議員が選挙制度改革案をまとめること自体が無理な話だ。総務省に諮問機関を設置して、利害関係のない有識者に議論を委ねたらどうか。(小田博士)
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再生リスト:「国民の生活が第一」を支援する市民大集会 2012/9/1
http://www.youtube.com/playlist?list=PL2617FA4CFF36F3C5


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今日のイベント
原発関連:集会・イベント情報、Ustream番組表
http://2011shinsai.info/event/

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閑話休題

ツイッターの流行がわかる日刊ツイッターランキング 
http://twinavi.jp/news/daily?ref=top

今、話題の動画のランキング tweetmovie ツイートムービー 
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NAVERタブーまとめ

http://matome.naver.jp/topic/1LwS6







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<<日本 クローズアップ現代:国内の話題>
2 日本国憲法に仕掛けられたナチズムの仕掛けワイマール憲法

2013/4/1 日本国憲法に仕掛けられたナチズムの仕掛けワイマール憲法
クローズアップ現代 日本 国内問題 クロ現 日本国憲法 仕掛けられた ナチズム 仕掛け ワイマール憲法



服部順治 ‏@JunjiHattori 8時間
アステラス製薬やノバルティス社が問題を隠していたのか!今回は白血病や悪性リンパ腫、皮膚がんなどを発症している。当然、大人にも影響はあったのだろうな。「米でアトピー薬使用後にがん 5年間で子ども46人」

http://memogoldentama2.blog.fc2.com/blog-entry-292.html


うわっスゴ!ヒットラーも警告!「学校給食のパン牛乳も米の戦略」で人間獣化計画。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe803.html
【要拡散】こんなスゴイお医者さんもいるんだ!「牛乳はモー毒」等 「白衣を着ない小児科医」真弓定夫先生:

http://youtu.be/NMcwUvUb6nQ




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服部順治 ‏@JunjiHattori 14時間
【要拡散】これっスゴ!ユダヤ金融マフィアのブレイン:モルデカイ・モーゼ 。ルーズベルトの相談役として、また対日戦後処理の立案にも参画「日本人に謝りたい~あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ)~(ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像)」


http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html




http://www.amazon.co.jp/dp/4817404361/ref=as_li_ss_til?tag=auraandspirit-22&camp=1027&creative=7407&linkCode=as4&creativeASIN=4817404361&adid=1GRHVNWFQCX40WAKEN4Z





■■■第3章:日本人の知らない東京裁判の本質


■■「大東亜戦争」と「太平洋戦争」


日本の首相は、国会などで共産党、社会党から大東亜戦争責任論を質されると、おおむね、「後世の史家の判断にゆだねられるべきもの」という意味の答弁をするのを常としているようである。これは日本の一般ジャーナリズムの東京裁判の宣伝をほとんど鵜呑みにして、日本が戦争責任の火の粉をかぶるのが当然であるといわんばかりの軽挙からみれば、主体性のある態度といわねばならない。

 


東京裁判(極東国際軍事裁判)の大法廷 
(市ヶ谷の旧陸軍省の建物内)

 

ここで一つ是非注意しておきたいことは、「太平洋戦争」という言葉である。日本には本来この「太平洋戦争」という言葉は存在しない。これは勿論、戦後占領軍がそれこそ押し付けたものである。

戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っているものが如何に多いことか。これではその歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えられて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。

問題はそれだけではすまない。日本の歴史には「太平洋戦争」という戦争はないのである。あったのは「大東亜戦争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りである。あるのは「支那事変」である。

戦後史の跛行性という点で戦後日本は真の日本歴史の構築を放棄したのではないかとしばしば指摘されるのであるが、これでは戦後からではなく昭和16年の時点からすでに、日本歴史の真の構築を放棄していたことになりはしないか。

占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれから脱脚できないのはどういうわけか。これは、ジャーナリズムが依然として「太平洋戦争」という言葉を使用していることに関係ないことである。日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の問題もない。ただ正しい歴史観の認識の問題のみである。


〈中略〉

 

■■ゲッベルスは戦後日本の予言者だったのか


ドイツのゲッベルス宣伝相は、ドイツ国民に与える警告として次のような内容の文書を1934年に公布している。

それは、非常に強大な超国家的勢力が、文明の破壊にもつながる心理戦、神経戦を挑んできている。これに対してドイツ国民は十分警戒せねばならない。この心理戦、神経戦の目的とするところは、人間の純度を落とすことにより現存する国家を内部からむしばんでいこうとするものである。

 


ナチス・ドイツの宣伝相
ヨーゼフ・ゲッベルス

 

ゲッベルス宣伝相が挙げたこの超国家的勢力の狙いとする心理戦、神経戦とは次の如き大要である。


「人間獣化計画」

愛国心の消滅、悪平等主義、拝金主義、自由の過度の追求、道徳軽視、3S政策事なかれ主義(Sports Sex Screen)、無気力・無信念、義理人情抹殺、俗吏属僚横行、否定消極主義、自然主義、刹那主義、尖端主義、国粋否定、享楽主義、恋愛至上主義、家族制度破壊、民族的歴史観否定

 

以上の19項目をつぶさに検討してみた場合、戦後の日本の病巣といわれるものにあてはまらないものがただの一つでもあるだろうか。否、何一つないのを発見されて驚かれるであろう。ゲッベルス宣伝相は、戦後の日本に対する予言者だったのであろうか。

戦後生まれの人たちにはピントこないかも知れないが、これらは正常な人間の頭で判断すれば人類の文明の破壊につながるものであることは一目瞭然である。人間の純度を落とし、本能性に回帰させようというものである。

ゲッベルス宣伝相が警告を発した第二次大戦前の時点でどれだけの人がこれを真に人類の文明への挑戦として脅威的に受けとったかは分らない。しかし第二次大戦が終わってみると、日本へはこれら一連の風潮が忍者の如く忍び寄って完全ともいえるほどに定着してしまっていたのである。

これらを戦後日本へ持ち込んだのは一体何者なのか。また、これらがこれほど完全ともいえる状態で日本に定着したのは何故か。

 



 

話を戻してみよう。精神衛生面の虚無性が何故に経済の高度成長をバックアップするのかという疑問も前述の19項目をみると直ちに理解されると思う。これらが日本人の間に巣喰ってしまうと、楽しみはただ「カネ」ということにならざるを得ないであろう。つまり、すべてを「カネ」のために、という思想が強烈なものにならざるを得ないのである。いわゆるエコノミックアニマルの徹底ぶりである。

ここにエコノミックアニマルと、「アニマル」なる語が使われているのは、ゲッベルス宣伝相の警告にあった「人間獣化」と一致していて面白い。エコノミックアニマルという言葉は、パキスタンのプット外相(のち大統領)が言った言葉だが、急所を突いていると思う。

高度成長のほとぼりもさめた今日、日本人が真剣に取り組まなければならないのは、この精神衛生面の虚無性である。志ある人々は皆、日本はこのままでいいのかと憂えている。

何故、前述のゲッベルス宣伝相の警告にあるような思潮が今日の日本に定着してしまったのか。また一体誰が巧妙に持ち込んだのか。持ち込んだ時期は終戦後のどさくさにまぎれてのことであるのは誰にでもわかることだが……。

さらに、忠実な残置諜者とでもいうべき、これら病巣をタブーとして固持、培養している勢力は何か。その勢力とこれを持ち込んだ勢力との関係は如何。今日の日本にとって最も大切なことはこれらを解明することではあるまいか。

さらに、これらの病巣の残置諜者たる勢力が金科玉条としている日本国憲法の作者は誰か。この日本国憲法の隠された狙いとは如何なるものか。そのルーツは。これらの諸問題にメスを入れることは今日の日本にとって焦眉の急といわねばならない。

これらの病巣のコーディネーターの役割をしているのが日本国憲法であることは何ら疑いを入れない。しかしもう少し考えてみると、この日本国憲法を持ち込み残置諜者を利用してタブーの網を張り、信仰という宗教的呪縛性でもって、あたかも千古不磨の大典の如く日本国憲法を最大限に活用している勢力は一体何なのか。さらに、この日本国憲法を最大限に利用するため準備行動として東京裁判という予行演習を演じていることも見逃せないことである。

 

■■東京裁判は単なる復讐に非ず


東京裁判は、日本の戦後史の始まりである。

今日までのこの東京裁判に関する分析、評価は、残念ながら、初歩的な感性的認識の域を一歩も出ていないようである。現在まで一般に考えられているのは「復讐の儀式」と形容されるものの類いである。これはインドのパール博士の意見等を踏み台にしたものであろう。一面の真理を突いたものであることは確かである。 〈中略〉

 


東京裁判の様子

 

「復讐の儀式」という説をとる場合、説明として出されるのが植民地を失った帝国主義国の復讐ということであるようだ。確かに、シンガポールの敗軍の将パーシバル中将がフィリピンでの山下将軍の裁判の席へ招かれている。これこそ、真に復讐以外の何物でもなかろう。パーシバルは、フィリピン戦線の山下将軍とはなんの関係もなかったのであるから、このような点を見せつけられると、なるほど「復讐の儀式」説も分かるというものである。

だがしかし考えてみると、帝国主義の植民地喪失の復讐といった場合、主役のアメリカは当てはまらない。アメリカは植民地を何ら失っていないからである。

なお、フィリピンはルーズベルト政府の時代から安上り支配のためには名目上の独立を与えた方が得策として独立を認める予定になっていたものである。

 

■■なぜ満州事変以後が侵略戦争なのか


さて、この東京裁判の結論で非常に奇妙なことが一つある。裁判の本質にメスを入れる前にこの点を明確にしておくことは重要である。

この裁判の結論は、満州事変以後を「日本帝国主義」の「侵略戦争」であるとしている。林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」に面白いことが出ている。それは、ある共産党員が日露戦争を侵略戦争と規定すべきかどうか迷っているという意味のことである。これは彼の主体性のなさを物語る格好の証左であるが、また非常に重大なる問題提起でもある。何故、満州事変以後が侵略戦争で、日露戦争、シベリア出兵、第一次大戦は「日本帝国主義」の「侵略戦争」ではないのか。これは奇妙なことではないか。

その理由はハッキリしている。これら満州事変以前の戦争が米英仏等の利害と衝突しないからである。否、むしろ利害が一致していたのである。日露戦争は「英露戦争」とも欧米では呼ばれているぐらいである。帝政ロシアの南下政策に脅威を感じた英国は、帝政ロシアの南下を防ぐものとして日露戦争を歓迎していたものである。日英同盟を結んだのも、その意味で考えればよい。

またシベリア出兵こそ、その意味では日本を攻撃するのに最も好都合な材料かも知れないが、これも侵略戦争という刻印を押しづらい。何故か。アメリカも出兵しているからである。第一次大戦はどうか。これはもう地中海まで日本海軍はイギリスのためにお付き合いしているのであるから、文句のいいようがない。

結局、これらの戦争に関して日本を悪玉に仕立てようと試みると、欧米列強自身も火の粉をかぶることになりそうである。上を向いてツバをはくことになる。

一方、満州事変、支那事変、大東亜戦争は議論の余地なく、米英仏等と利害関係が対立するものである。これを徹底的にとっちめない法はない、ということである。





今、米英仏などと国家単位で述べたが、この稿の目的とする超国家的勢力を主役とする歴史観からするとやはりこの大勢力との利害の衝突、利害の一致の問題が、前述の国家単位の歴史観とピタリと重なるのである。この点、どちらから説明しても同じである。しかし後に述べるように、超国家的勢力を主役とした歴史観の方がより正確な史実の分析が可能であるということである。

この超国家的勢力は近世史を事実上動かしてきたものであるが、日露戦争においても日露両方へ資金援助をしているのである。この勢力が得意とする両建て主義である。別名、釘抜き戦術ともいわれる。つまり、釘抜きのごとく両方からはさむという意味である。

この勢力は、日露戦争を大歓迎していたのである。その理由は、ツァーの打倒を至上目的としていたことにある。これでは、いくらなんでも日露戦争における日本を侵略者とはいえないであろう。

さて次なるシベリア出兵問題は、大変複雑である。これは従来の教科書的歴史観にとらわれていては、何がなんだかさっぱりわからないであろう。

まずロシア革命といわれる事件であるが、これをプロレタリア革命などといっていたのではお話にならない。これは当時の欧米の新聞論調が皆「ロシア・クーデター」と呼んでいる如く、欧米の新聞のほとんどはこの大勢力の支配下にあるのであるが、単に首がすげかえられただけである。ツァーからこの大勢力ヘ。

したがって、日本がシベリアへ出兵したということは共産主義革命を叩きつぶすためということにはならない。これら大勢力に対する挑戦ということになるはずである。そうとあれば、東京裁判の主役たるこの大勢力の怒りを買い侵略戦争というレッテルを張られること必定と思いきや、事実はさにあらずというのが実情である。では何故このようなことになるのか。それはアメリカも参加していたことに原因がある。

アメリカのウィルソン大統領は日本が出兵を宣言するや、その翌日に早くもアメリカの出兵を宣言しているのである。中立主義、孤立主義の風潮の強い当時のアメリカが何故直接ほとんど利害関係のないシベリアへ出兵したのか。利害関係があるというのなら話は全く別であるが、事実アメリカはカムチャッカの割譲を熱心に希望していたのであるが、それはさておき、アメリカの参加の真の目的はボルシェヴィキの援助なのである。

 


第28代アメリカ大統領
ウッドロー・ウィルソン

 

重複をかえりみず説明すれば、このアメリカ遠征軍には奇妙なことに英語の話せない米兵が多数いたのである。これらの米兵、実はポーランド出身のユダヤ人なのである。つまり、隣にあってたえず自分達の脅威であったツァーを打倒したのであるからこれを永続させねばならない。つまり、ボルシェヴィキを援助しなければならない。それがポーランドのユダヤ人が米軍に参加した理由である。

とにもかくにもアメリカ自身はるばる兵を出しているのであるから、日本を侵略者と呼ぶことはさすがに気がひけるのであろう。以上で、満州事変以後を日本の「侵略戦争」と呼ぶ理由をお分かりいただけたと思う。

 

■■階級闘争史観の持ち込み


さて、このへんから東京裁判の本質にメスを入れることとしよう。

この東京裁判は日本の戦後史の始まりというにふさわしく、非常に深い意味をもっている。戦後日本の価値感覚その他が戦前と180度の転換をみせたといわれるが、その原点はこの東京裁判にある。

マルクス主義階級闘争史観というものが観念的には大正時代から移入され、日本国内のインテリの間でいろいろ論議されてきたものである。しかし、これらは現実の問題としては何ら国民に影響を及ぼすものではなかった。しかるに、東京裁判によって持ち込まれたマルクス主義の階級闘争史観は、この裁判に続く日本国憲法の持ち込みによって日本国民の価値観を180度転換させるまでの大きな影響を及ぼすことになった。東京裁判の本質はマルクス主義の唯物史観における「階級闘争論」の持ち込みにこそある。この二元論の持ち込みにより、以後、日本の内部は収拾のつかないような内戦状態に陥ることになったのである。

もともとこれを持ち込んだ勢力の目的とするところは、唯物史観にある如く国家を内部闘争により破壊、転覆させることにあるのであるから、当然の帰結であるといえよう。東京裁判は先ずそのような思考パターンを植えつける目的に利用されたものであり、それに続く日本国憲法の持ち込みにより階級闘争史観という二値論理に市民権を与えてしまったということができるであろう。

それでは、東京裁判によって演出された二元論的思考の植え込み、階級闘争史観の設定の現実を見てみよう。

その方法は、日本国民を二極分化させることから始まる。即ち、マルクス主義の階級闘争史観は、すべての歴史は支配階級と被支配階級の間における階級闘争の歴史であると主張するものであるのはご承知の通りであるが、この論法を持ち込むのである。

 

■■善悪二元論の持ち込み


今度の戦争は日本の支配階級、「天皇制軍国主義者」の起こしたものであり、被支配階級である大多数の日本国民に責任はない、否、むしろ被害者である、一握りの天皇制軍国主義者にだまされていたのである、とする二極分化論である。この論法はかつて北京を訪れた日本の各層の人々に故周恩来首相が常に口にしていた論法と同じであることからも、これがマルクス主義の階級闘争史観であるということはご理解頂けると思う。

この勢力はマルクス主義を自己の目的のため手段、道具として利用する勢力である。日本の戦後支配の出発点において早速、自己が創造したマルクス主義という虚構仮設を持ち込んだのであった。これは実に有効な手段、道具として役立ったのである。

その第一は、自己の戦争責任の免責である。(本格的な戦争責任論は稿をあらためる予定である)自己が火の粉をかぶる前に、その責任を日本の「支配階級」、すなわち「天皇制軍国主義者」に転嫁することに成功している。しかも、以後自分達に追及の手がのびることのないよう、一般日本国民に対しては一見寛大とも錯覚させる被害者意識を植えつけることが可能なわけである。

つまり前述した故周恩来首相のたびたびの言の如く、責任はあげて「天皇制軍国主義者」にある、日本国民に責任はない、否むしろ日本国民は被害者である、とする論法である。こういわれると、日本国民は戦争責任者の追及はすでに終わったと錯覚する。それというのも、日本国民自身が免責されているのであるから、この論法は耳ざわりのいいことこの上ない。かくて、日本国民は以後すっかり戦争責任は一握りの「天皇制軍国主義者」にあるとの論を植えつけられ、真の責任者の追及を放棄したのである。

マルクス主義というものは、これを手段として有効に利用するものと、逆にこれに利用されるものとの二者があるのである。前者が後述するニューディーラーであり、後者が日本共産党である。

ニューディーラーは実に巧妙に階級闘争史観を駆使し自己の戦争責任の免責に成功したかに見えた。果たしてそううまく事が運ぶものであろうか。ここに、この勢力の予想だにしなかった事態が起こるのである。

この勢力の駆使するのは正真正銘のマルクス主義の唯物史観に基づく階級闘争史観である。その証拠をあげてみよう。それは日本共産党が戦前から主張していた講座派史観とピタリと一致することである。もともとこの勢力こそ、マルクスに変革のための虚構ハイポセシスの構築を依頼した張本人なのである。

 

■■講座派史観と一致──日共が飛びつく


さて、この勢力が東京裁判へ持ち込んだマルクス主義の階級闘争史観が戦前からの日本共産党の講座派史観とピタリと一致するということから、当然のことながら日本共産党がこの東京裁判の結論にとびついて来たわけである。

日本共産党の講座派史観からすれば、よくぞ我々のやるべきことを代行してくれたといいたいところであろう。かくて、GHQの前で赤旗を振り、「万歳」を叫ぶことになる。

ところが、前述の勢力は日本共産党という協力者が現われたためそれに足を引っぱられ、東京裁判でまんまと成功したかに見えた自己の戦争責任の免責を危うくされる破目に陥るのである。

この勢力の構築した虚構仮設を自己絶対化することをその存在理由としている日本共産党は、忠実に戦争責任を「天皇制軍国主義者」であると主張している。ところが日本共産党が世界観と仰ぐ唯物史観によると、戦争の要因はその社会体制の中に存する経済的要因により起こると説く。資本主義体制では必然的な戦争要因を内蔵している。しかし社会主義、共産主義体制に転化するとその必然的戦争要因は完全に除去されると説いている。しかも、その資本主義体制から社会主義、共産主義体制への転化は歴史的必然性であるという。その歴史的必然性を具現化する唯一の前衛が日本共産党であると一貫して主張している。

日本共産党が前衛としての本来的な責任を果たし日本を資本主義体制から社会主義体制へ、歴史的必然性という有難い要因の応援も得て転化させていれば、戦争の要因は完全に除表されていたはずである。極論すれば、開戦の責任は一にかかって、日本共産党の無力と東京裁判を演出した勢力の側の怠慢という論理も成り立つのである。

マルクス主義は協力者を募るためにこの勢力が発注したものであったが、ロシア革命の時の如くうまく協力者としてのみ働いてくれるものが現われれば万万歳だろうが、時には飼い犬に手をかまれる結果となることもあることを知らなくてはならない。

もう一度整理すると、日本共産党が東京裁判の結論に両手を挙げて賛意を表したために、唯物史観の論理上から「天皇制軍国主義者」が戦争の全責任という彼らの狙いは揺らいできた。このことは、東京裁判そのものに対しても打撃であろう。少なくとも、日本共産党の講座派史観と全く同じ論法を東京裁判に持ち込んだこの勢力は、今日、自己も無関係とはいっておれまい。

さて、それでは東京裁判を通じて日本へ持ち込まれたマルクス主義の階級闘争史観は日本の戦後史へどのような影響を及ぼしたかをつぶさに見てみることにしよう。

 

■■深い後遺症


東京裁判の論法はすでにたとえ戦争責任については逆転されたとしても、深堪なる影響を日本の戦後史に与えてしまっている。

まず第一に、日本の社会へ階級闘争を持ち込んだことである。これは、続く日本国憲法へ実体法のカテゴリーに属す条項を挿入することによって、確固たるものとして定着させられてしまっている。この階級闘争もさることながら、より大きい病巣は宗教性の呪縛であろう。

前述の東京裁判式の論法は、善玉・悪玉論理をはぐくむことになる。戦争責任はあげて一握りの支配階級たる天皇制軍国主義者にある、大部分の国民はむしろその被害者であるとする論法は、先ず第一に戦争責任者を国外に求めることを忘れさせる効果をもつ。また、これにより旧敵国がいかにも雅量のあるものわかりのいい寛大な存在に映り、以後の占領政策をやりやすくする効果をもつ。

しかしこれらよりも大切なことは、支配階級というものは常に悪玉であるとする思潮が生じることである。それに対して自分達は被害者、すなわち善玉なのだと信じ込ませる作用をもつ。ここにユダヤ教的善玉・悪玉の二値論理が持ち込まれることとなる。

こうして、悪玉、すなわち「天皇制軍国主義者」に「支配」された戦前の日本はすべて悪であるとする観念が生じる。逆に自分達を被害者=善玉と規定してくれたアメリカ占領軍の以後の政策をすべて善と感じるであろう。

さらに、支配階級というものは常に悪玉であると教え込まれると、戦後の政権担当政党も支配階級の代弁者であるから当然悪玉である。故に、これにことごとく反対することは善玉の崇高な使命であると信じ込まされることになる。今日みる如く政権担当政府のやることには何でも反対する思潮は、このようにして東京裁判を通して巧妙に持ち込まれたのである。そうして、これらを確固不動のものにするため日本国憲法を作成し、その残置諜者として日本共産党を利用することになるのである。次なるものはいよいよ日本国憲法ということになるわけである。

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http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe804.html

■■■第4章:日本国憲法はワイマール憲法の丸写し


■■日本国憲法の作者はユダヤ人である



ユダヤ人の一人として将来の日ユ関係のためにも、是非とも日本人の皆様の前に白日の下にさらしておかなければならない日本国憲法の本質についてご説明申し上げたいと思う。

日本国憲法の評価について、日本国中は真っ二つに割れているようである。一方は、この憲法は占領軍の押しつけたものであり日本の実情になじまないという主張のようであり、もう一方は、これを絶対善として何がなんでも一指だに触れさせじと固持しているようである。私の見るところ、両者ともこの憲法の隠された深奥部にある本質を見抜いていないように思われる。前者の考えは一面の真理ではあるが、決して十分ではない。後者は論理的思考を欠く信仰の所産としかいいようがない。

日本人はいまだ、この憲法の本質がユダヤ的思考の所産であることを全くご存知ないように思われる。これは不幸なことである。この憲法の本質を知るには、ユダヤ問題をもたない日本人にはあまりに距離がありすぎるのかも知れない。これはどうしてもユダヤ人が本質解明の道案内をしなければ、日本人は永遠にこの憲法のもつ強烈な宗教的呪縛力の桎梏のもとにあえぐことになるかも知れない。一ユダヤ人として、そうとあらば、このまま放置しておくにはあまりにも重大な責任を負わされているような気がする。

何故なら、この憲法の作者はユダヤ人であり、そこに貫かれているものは第二次大戦終結時ではすでに極めて時代錯誤的なユダヤ思想だったのだ。いや、単に時代錯誤にとどまらないかも知れない。そこにもっと致命的な我々ユダヤ人の犯した誤ちがあったのだった。

今日日本人の皆様がこの憲法に潜む矛盾から逃れる道は、この憲法の奥に秘められた本質をできるだけ早くつかむため、先ずそのルーツを白日の下に曝すことであろうと思う。

私はこの憲法を一言で表現するなら、「往来で道を尋ねられた時、故意に反対の方向を教えるもの」といいたい。

 

■■なぜ現代日本はワイマール体制末期のドイツと似ているか


日本では最近とみに識者の間で、今日の日本はワイマール体制末期のドイツに酷似しているのではないか、といわれているようである。これは真に興味深いことであると思う。

 


ワイマール憲法制定の舞台になった
「ワイマール国民劇場」

この憲法に基づいた1919年から1933年までの
ドイツ共和国を「ワイマール共和国」と呼ぶ

 

この原因は、ワイマール憲法と日本国憲法の類似性にあると思う。というより、日本国憲法はワイマール憲法の丸写し──しかもかなりずさん──であるといった方が正確であろう。

ワイマール体制の支柱となったワイマール憲法は、ご存知の通り、ユダヤ人で内相も務めたフーゴ・プロイス以下3名のユダヤ人によって作られたものである。

 


フーゴ・プロイス(ユダヤ人)

ドイツの国法学者・政治家。
ワイマール憲法を起草。

 

また日本国憲法はこれもご存知の通り、ユダヤ人ケーディスを中心としたGHQのニューディーラーによってわずか「2週間」という短日時に作られたものである。

 


チャールズ・ケーディス(ユダヤ人)

GHQ民政局次長で、日本国憲法
草案作りの実務責任者だった

 

さてドイツの場合、例の如く国籍別に全てを割り切って、エーベルトやプロイスもドイツ人、ヒトラーもゲッベルスもドイツ人といった感覚では真相は全くわからないであろう。

このワイマール憲法が生まれたのも、2年前のロシア革命と軌を一にするものであり、前世紀のフランス革命から始まるユダヤ民族の反撃戦の一環であるという認識なくしては、本質の解明は不可能であろう。

後進的なロシアでは暴力革命という手段に訴えて成功した。しかし資本主義が発達し代議制度も発達していたドイツでは、そうはいかなかった。しかしあらゆる努力の結果、とにもかくにもワイマール共和国というユダヤ政権を樹立したのは1%に満たないユダヤ人である。この体制を維持するため早速、憲法の作成にかかったのである。

したがってその憲法の本質とするところは、いままでドイツ国内において差別されていたユダヤ人に対して彼らの権利を大幅に獲得させるものでなければならないはずである。また同時に、政府の要人のほとんどをユダヤ人で占めているワイマール体制というものをユダヤ革命政府として今後とも維持していかなければならないと考えたのは当然である。以上の目的のためユダヤ人が作成したのがこのワイマール憲法である。

しかし、このワイマール憲法の作者ユダヤ人プロイス以下のユダヤ賢哲達は、教条主義に陥っていたといわねばならない。ワイマール憲法の最大の目的はユダヤ人にとって自己の中世以来の差別を撤廃し、平等権を確立することであった。この点は、以下に見る如く全てにわたって成功している。プロイスはそのへんまでで止めておけばよかったのである。とにもかくにも、ドイツ国民と平等な権利を獲得したのだから。





しかしプロイスは、ここでちょっと色気を出した。それは、ユダヤ民族の反撃戦のプログラムの要蹄ともいうべき要素の指示するところを盛り込んでしまったのである。それは簡単にいえば、19世紀のプログラムであるマルクス主義から一歩飛躍した闘争方針の要蹄を指示するものといえよう。

その一歩飛躍した闘争方針というのは、マルクス主義が経済的闘争の道具であるのに対して、これは神経戦、心理戦を主とした闘争の道具とするものといえよう。簡単にいうと、「人間の純度」を落とすことを狙いとしたものである。人間を闘争本能まるだしの動物的なものに回帰させるのを目的とするものであり、それにより既存の国家を内部から崩壊させようとするものである。それに対しては後にゲッベルス宣伝相がドイツ国民に警告する文書を公布している。

この計画の手段となるのが、フランス革命の時用いた「自由」「平等」である。「自由」「平等」のスローガンは、またもや役に立つことになったのである。

ただし、今回はフランス革命当時の如き、素朴に「自由が欲しい」、「平等が欲しい」といったものではない。この違いは、18世紀の未成熟社会と20世紀のドイツの如き成熟社会との差によって生じる。成熟社会における「自由」「平等」は調和を崩し、国内を収束のつかない混乱に導くものである。さらに「自由」と「平等」の2つの概念の非両立性によりその矛盾、混乱は幾何級数的に増大する。

我々ユダヤ人は「自由」「平等」という言葉の裏にかくも恐ろしき毒素を含んでいたことをはっきり知らなかったのである。全く頭が悪いといわれても仕方がない。プロイスは、これをワイマール憲法に盛り込んでしまったのであった。これはまさしく、教条主義的態度であったといえよう。

ワイマール体制というのは、すでに自分達ユダヤ人がとにもかくにもレーテ(権力)を握っているのである。自分達が直接君臨している国家では、敵(非ユダヤ人)に国家を突き上げる「自由」「平等」を吹き込むことは、上を向いてツバするが如き自己撞着であるはずである。つまり、自分達の政府の下で「自由」「平等」をかざして突き上げが起こっては、困るのは当然ではないか。しかるに、プロイスはこれを盛り込んでしまった。
これは信じ難いほど頭が悪いといわねばならないだろう。



さて問題は、これに対するドイツ国民の反応である。

 

■■ワイマール憲法がナチズムを生む


このワイマール憲法に対する闘争として起こったのが、他ならぬナチズムである。

本来なら、ドイツ国民は内部分裂によって、その突き上げでワイマール政府を倒すことになるはずである。しかるに、ドイツ国民の反応はそれとは正反対に、完全無比な国民的統合の精神によってそのワイマール体制を倒したのである。

 


アドルフ・ヒトラー

 

何故こうなったのか。賢明なドイツ国民は、真理に背くものを看破する能力をもっていたということである。「自由」と「平等」は非両立性をもつ概念である。その点をドイツ国民が見抜いた結果起こったのが、ナチズムなのである。

有斐閣発行の六法全書には日本国憲法の前頁にアメリカ独立宣言の一部が載せられており、これをフィルターにして日本国憲法を考えよといわぬばかりである。あるいは編者達も、感性的認識ながら日本国憲法のルーツを感づいているのかも知れない。しかし、漠然とした認識では本質を極めることは困難かと思われる。

18世紀の大西洋革命(アメリカの独立とフランス革命を合わせたもの)の時代の「自由」「平等」の相反するスローガンが基本概念として日本国憲法の真理にそむく本質の根源を見究める上で大なる力となることはもちろんだが、直接的にはワイマール憲法にメスを入れることが不可欠と思われる。しかるに、このワイマール憲法に関する研究は日本では非常に少なく、また日本国憲法との比較研究が全くといっていいくらいお目にかかれないのは、一体どうしたことだろうか。

それにはやはり理由があるようである。

 

■■ワイマール憲法は国際的にタブーである


ワイマール憲法そのものが国際的にタブーとなっていることである。口でこそワイマール憲法というものは決して珍しい言葉ではないかも知れないが、現実にその内容に関してはタブーの網が張られていることに存外気がつかないものである。

他章でも述べる如く、フランクリン・ルーズベルトは、ユダヤの世界では今日絶対のタブーとなっている。したがって、ルーズベルトに関するあたりさわりのない評はいろいろ出ているが、その本質をうがったものは皆無に近いといえよう。このため、第二次大戦の真因はだいぶ混乱させられているのだ。

では何故、ワイマール憲法はユダヤ人にとって都合が悪いのであろうか。それはその本質を徹底的に掘り下げれば分かることであるが、そこに発見されるものはナチズム台頭の必然性である。何故ナチズムが発生したのか。今日までナチズムに関する著書はあまたあるが、真因を突きとめたものはないようである。大抵の場合、例の「集団発狂伝説」といわれる類いのものである。

しかし、このワイマール憲法を深く掘り下げるときそこに発見されるのは、自然の摂理にそむくものを内包しているということである。ひるがえって、日本国憲法のルーツを探るためにも、このワイマール憲法の本質にメスを入れることが焦眉の急となってくるわけである。






このワイマール憲法というものは、一口でいえば、中世以来、言語に絶する苦難の道を歩まされた在独ユダヤ人の血の出るような最低限の要求を実現させたものといえよう。問題がそれだけなら、それはそれとして結構であるというべきかも知れない。しかし、実は、それだけではすまないものである。ここにこそ問題が秘められているといえよう。この点については逐次詳述するが、日本国憲法も重要な部分はこれと全く軌を一にするものなのである。

ワイマール憲法は表面に出すことをタブーとされ、日本国憲法は改訂を唱えることをタブーとされている。真に皮肉なパラドックスである。何故このような逆説が生じるのか。その理由は、ドイツ国民はワイマール憲法をまたたくまにその虚構性を発見して引きずり下ろしたが、日本国民はいまだその虚構性を発見できずその呪縛の中で呻吟していることにあるといえよう。

ユダヤは、ワイマール憲法に関してはいま述べた如く内容を吟味する余地を与えず、「最も民主的な憲法」というふうに盛んに言葉の上だけの宣伝をしているのである。それがさらに日本では尾ひれをつけられて「平和憲法」というふうにまで拡大されている。

例えば国家公務員試験にこんなのがある。例の○×式解答を求めるもので、「日本国憲法は、ワイマール憲法の平和主義を含めた基本原理を全て継承した現代資本主義憲法である」というのがある。こういう問題に答えさせられる受験生こそいい迷惑と思うが、それはそれとして、ワイマール憲法を「平和憲法」とするのは一体何の根拠からか。恐らくは日本国憲法との類似性を質する問題を作成する者のことであるから、短絡に日本国憲法が「平和憲法」といわれるぐらいだから類似性の強いワイマール憲法もそうであろうといった程度の認識から発したものと思うが、いずれにせよ「平和憲法」とまで拡大評価されてはさすがの我々も少々くすぐったいのである。





話は少し横道へそれたが、ワイマール憲法を「民主的」と宣伝する我々であるが、憲法の中身には「民主的」という言葉は一語も出てこない。これは日本国憲法についても同様である。考えてみれば大変奇妙なことではないか。実はこの点にこそ、今日的意味の「民主主義」という絶対の善玉の神を意味する言葉の本質を見出すことができるのである。

今日いわれている「民主主義」とは何ら実質的概念を伴うものではない。絶対に相容れることのない2つの概念、「自由」と「平等」に相関関係をもたせる必要からユダヤ人が考えついたものにすぎない。非両立性をもつ「自由」「平等」をバラバラに宣伝したのでは効果が薄い。したがって、この矛盾する両概念を並行して同時に追求させてこそ真の効果を期待できると考えたものである。つまり「民主主義」の役割は相矛盾する両概念のコーディネーターということである。

さて、これからは日本国憲法のそっくり母体となっているワイマール憲法の内容を具体的に拾い上げて、日本国憲法のそれと対比しながら、如何に日本国憲法がワイマール憲法をベタ写ししたものであるかということをご説明したいと思う。


 

■■マルクスは「すべてを疑え」といった


マルクス主義についてもそうだが、この日本国憲法についても、すべてを疑ってかからないと永久に迷宮入りになるだろう。左翼陣営はマルクス主義の宗教的呪縛力でがんじがらめにされているのであるから別であるが、醒めた正しい考えをもった人々まで、この日本国憲法に関してはそこに何か動かし難い真理が蔵されているかの如く錯覚しているように私には見受けられる。

その原因を私は考えてみた。そして発見した結論は、この憲法の中に「理想」を具現化した要素が多分に混入されているということである。誤解してもらっては困るが、ここでいう「理想」とは「現実的でない」という意味である。この「理想」が日本人の判断を狂わせているのだと思う。

この「理想」とは夢にすぎないものであるが、しかし終戦直後の精神的虚妄状態にあった日本人に、この夢にすぎないものまでがかえって感謝されたのかも知れない。しかし、これは本質的には大衆デマゴギーなのである。大衆心理を考えると、この「理想」が「非現実的」なものであってもこれを批判することはできないのだろう。またそうさせているのが「民主主義」というものの悪弊であろうと思う。あるいは日本の良識ある人々でさえも自らこれを理想的なもの、最も高尚なものと知らず知らずに信じ込んでしまったのだろうか。

私がここで言いたいのは、何よりも先ず日本人はこの憲法を疑ってかからなければならないということである。従来まで見てきた角度を捨て、逆の角度からこれをもう一度観察することである。


〈中略〉

 

■■日本の戦後占領体制はユダヤ人の君臨しないワイマール体制


ワイマール憲法と日本国憲法は、そのイデオロギー性については全くといっていいほど同じものである。しかるにただ一点、ワイマール憲法下のドイツと日本国憲法下の戦後日本とでは根本的に異なる点がある。それは、ワイマール憲法下のドイツは直接ユダヤ勢力が君臨するものであったということである。日本にはユダヤ人は存在しない。ワイマール体制というのは、少数民族たるユダヤ人が権力を初めて握った時代であるということである。

一方、戦後日本では一時期占領軍(これを事実上支配していたのはユダヤ勢力──もっとはっきりいえばニューディール派)というものがオールマイティであったが、これは日本国内に永久に存在する勢力ではない、いわば国際的ユダヤ勢力である。占領が終われば、引き上げざるを得ない。そこにケーディス以下の焦慮があったわけである。

だが現実には自分達は引き揚げても、己のエピゴーネン(亜流、継承者)を養成して残していった。それが日本共産党である。このエピゴーネンは真に忠実に主人のために働き、戦後30余年たった今日でもケーディスの心配を吹き飛ばすかの如く日本国憲法には一指だに触れさせていないのである。


〈中略〉

 

■■階級闘争の持ち込み


第28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」

これも、この憲法を作成したユダヤグループの最大の目的とするものの1つである。このような実体法に属するものを憲法に組み入れるのは常識外であり、法学の素人のすることである。

ルーズベルトの若手ブレーンの一人であった作者ケーディスは、ルーズベルト政府の下で労働問題をある程度研究していた。ジュー・ディールと皮肉られたニュー・ディール政策は一口にいえば共産主義化政策に他ならないが、ルーズベルトは1933年5月12日に「農業調整法」を作った。これはインフレ政策の本質を暴露したものであった。その他、「産業復興法」を作っている。これは同業間の自由競争を排除せんとする目的のものであり、政府が産業統制に合法的に乗り出そうとするものに他ならない。さらに重大な点は、最低賃金を規定し、労働者の団体交渉権を強引に認めることにしたのである。

 


第32代アメリカ大統領
フランクリン・ルーズベルト

 

これらのルーズベルト政府の共産主義的政策は1935年頃から徐々に馬脚を現わし、景気回復を幻想と化し、独占の強化、資本対立の激化、労働不安の拡大とアメリカ資本主義を根底から崩しつつあった。

さすがにたまりかねた連邦最高裁は蛮勇を振るい、1935年5月、ついに憲法違反の判決を下したのであった。ルーズベルトもこれ以上の共産主義的政策を続行するのを断念せざるを得なかったのであった。

ルーズベルトはこれら国家的破滅を推進したのにもかかわらず、次の選挙では労働界の大きな助力を得ることになった。このことは、ルーズベルトが本質において共産主義者であったことの証左として一般に考えられていることである。ケーディスは若手法律ブレーンとしてこれらの問題にかかわってきたのであった。このケーディスが、日本国憲法にこの階級闘争を持ち込んだのである。

 

■■ユダヤ的思考の所産は明治憲法にも


なお、大日本帝国憲法においても、第25条から第29条まで、「住所の不可侵」「信書の秘密の不可侵」「財産権の不可侵」「信教の自由」「言論著作印行集会及結社の自由」という項があり、なにも日本国憲法に限らずこのような被圧迫民族の基本権と類似する項目があるではないかと問われるかも知れないが、それは大日本帝国憲法を起草した伊藤博文、井上毅がドイツのユダヤ法学者の影響を受けているためであり、ルーツは同じものである。当時ドイツの法学界はユダヤ人法学者が牛耳っていた。

次は伊藤博文の文である。

「現時の国法においては、君主は国家の上に位せず、国家の中に位し、君主は国家の統御者にあらずして国家の機関となれり。君主は国家の機関にして国家のために活動すべしとの思想は、すでにフリードリッヒ大王の有名なる『君主は人民を支配するところの専制君主に非ず、国家の最高機関なり』との語において発表せられたり。」

 


伊藤博文

 

すでに美濃部達吉の「天皇機関説」の萌芽を見ることができる。

他には井上毅もプロイセン憲法の研究者としてつとに有名であり、当時のドイツにおける憲法学者が皆ユダヤ人であったことを考え合わせる時、思い半ばに過ぐるものがあろう。何故ユダヤ人が特にドイツにおいてこの憲法問題に熱心であったかというに、これが国家を内部から転覆させるマルクス主義国家論への捷径であることを知っていたからに他ならない。

伊藤博文から美濃部達吉に至るまで愛用した「機関」という言葉は、ドイツのユダヤ人の間では、マルクスももちろんこの Organ という言葉が大好きだったのであるが、階級闘争における「支配者」が「被支配者」を「抑圧」「搾取」する「手段」「道具」という意味で専ら使われていたのである。恐らく伊藤博文も美濃部達吉もこのユダヤ人の真意は知る由もないのではないか。ドイツはあくまでドイツであり、その中で絶対相容れない、中間というものの存在する余地のない民族闘争が繰り広げられていたとは、夢にもご存知なかったのであろう。

天皇主権説学派の穂積八束は、ドイツ滞在中ずっとラバントについていた。このラバントは当時のドイツ法学界、とくに憲法研究者の中でも珍しくユダヤ人ではなかった。帰国後、伊藤博文、井上毅らと違って、ユダヤ的機関説学派を攻撃したのもそのためであった。

伊藤博文が憲法研究のため会った人物は、ドイツのルードルフ・グナイストとオーストリアのローレンツ・フォン・シュタインであった。いずれもユダヤ系であった。ただここで一つ非常に残念なことは、伊藤博文が帰朝後提出した復命書が公表されていないことであり、これは明治憲法研究上の一大遺漏を生ぜしめている。

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<世界 クローズアップ現代:海外の話題>
3 鳥インフルエンザウイルスで世界支配を企む金融マフィア


2013/4/1 鳥インフルエンザウイルスで世界支配を企む金融マフィア
クローズアップ現代 世界 クロ現 海外問題 鳥インフルエンザウイルス 世界支配 企む 金融マフィア




服部順治 ‏@JunjiHattori 23秒
何か、会議を開いたって。こんな対応で中国からの鳥インフルに対応できるのかなー?
「県が鳥インフルエンザ情報連絡室会議を開いた。現在、毒性の強い「高病原性」かどうかを調べる検査が行われ、数日から1週間ほどで結果が判明(新潟県)4月1日
http://news24.jp/nnn/news8824564.html …

コスタリカ共和村「オーロビル」社会実験 ‏@costarica0012 19時間
新潟県内初の鳥インフルか http://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20130330034368.html … 高病原性と確定した場合は、県が半径3キロ以内の養鶏場に立ち入り検査をする。

 県環境センターは30日、現地を調査する。

服部順治 ‏@JunjiHattori 21時間
新潟で見つかったのはA型インフルエンザで実は中国のH7N9型と同じ?
 @techuzie 新潟県で見つかったオオハクチョウが鳥インフルで陽性。現在北海道大学で高病原性かどうか調べているそうです。「死んでいる鳥を見つけたら・・」
http://ow.ly/jBo9S


ネットサポート ‏@techuzie 3月31日
新潟県で見つかったオオハクチョウが鳥インフルで陽性。現在北海道大学で高病原性かどうか調べているそうです。「死んでいる鳥を見つけたら、むやみに近づかず、速やかに最寄りの市町村に通報してください」

http://ow.ly/jBo9S


服部順治 ‏@JunjiHattori 22時間
おいおいテロに使わせているのは米政府でしょう!あの炭疽菌テロ事件の犯人も米陸軍感染症医学研究所の研究者で抹殺・・

http://kuroki-rin.cocolog-nifty.com/heaven_or_hell/2008/08/post_2de5.html

「鳥インフル研究、2段階審査 米政府が科学誌に発表、テロ悪用懸念で厳格化」

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130222/amr13022208000001-n1.htm

服部順治 ‏@JunjiHattori 3月31日
いよいよ、金融マフィアらの最終兵器を使い始めたか?杞憂であればいいんだけど。世界支配のはじまりか?シリアもあぶなくなるなー
「中国・台湾]<鳥インフル>上海で2人死亡 人間にH7N9亜型が初感染 - 毎日新聞

http://j.mp/176OTbY


uprisejapan ‏@uprisejapan 3月31日
まずくないか。。H7N9型の鳥インフルエンザに感染した上海市の87歳と27歳の男性が3月4日と10日にそれぞれ死亡。安徽省の35歳の女性もH7N9型に感染して危篤状態:鳥インフルで2人死亡 中国、H7N9型が人に初感染 -

http://t.asahi.com/aazz

服部順治 ‏@JunjiHattori 22時間
また日本はいつものように空港でのチェックをやりはじめるのだろうか?水際作戦は効を奏さないのはわかっていても
「新型鳥インフル、中国で2人死亡」

http://japanese.ruvr.ru/2013_03_31/109476095/

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アングロサクソン ミッション

http://projectavalon.net/lang/ja/anglo_saxon_mission_ja.html

第三次世界大戦とニューワールドの継承

2010年 2月

証言者オーディオインタビュー原稿 ここをクリック
ビル・ライアンプレゼンテーション原稿 ここをクリック

パソコンユーザー: ビデオのダウンロードは、
マウス右クリックをし、名前をつけて保存をして下さい...
ビデオ(.mp4)ダウンロード(日本語サブ付) ここをクリック
日本語サブタイトルのダウンロード (SSA) ここをクリック
Windows Media (.wmv)のダウンロード
まもなく発表
オーディオ(.mp3)のダウンロード ここをクリック
ストリーム (YouTube video)日本語サブ付 ここを クリック
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 歴史家によれば、”アングロサクソン・ミッション” というのは、8世紀のキリスト教布教活動の拡大のことを指す言葉だそうで す。
 しかしそれから1000年以上経て、今、それよりもはるかに邪悪で悪意ある別の意味合いがそのフレーズには付せられています。

 我々(プロジェクト・アバロン)は、最近11ページに及ぶ情報を内部情報提供者から受け取りました。
 彼は、2005年ロンドンのシティでの上級メーソンの会合に出席しました。そこで論議されていた内容は骨の髄まで凍るような内容でした。

 私(ビル)は、この証言者とオーディオ・インタビューを行いました。この人はイギリス人で、彼に関する詳細情報をすべて入手し確 認し 上で、彼が誰であるか、どのような人物であるかという身元情報を我々が検証した人物です。我々がこれまでインタビューを行った他の多くの人と同様、この人 物も、 彼の良心が、この情報を秘密にしておくのを、もうこれ以上耐えられないところまできたのだ、というのです。

 私の元々の考えでは、これまでのように、ただこのインタビューの原稿を発表することでした。しかしこの情報は、あまりにも決定的 な要 素を含み、また私自身にとってはこの情報がこれまでに欠けていた断片、断片を提供してくれた、という意味で非常に重要なものでした。それで私は一歩突っ込 んで、ビデオでこの情報を発表することに決めたのです。この証言者はそのビデオには出てきませんが、彼のオーディオ・インタビューの原稿は こちらでご覧 いただけます: ここをクリック してください。

この証言者が報告した内容は以下のとおりです。

第三次世界大戦が計画されている。それは核兵器 と生物兵器を用いた戦争となるであろう。この証言者は、この計画が予定どおり進んでいて、今後18-24カ 月以内にこの戦争が起こされるであろう、と信じています。

それはまず始めにイスラエルがイランを攻撃する ことで戦争開始となる、という計画です。応酬として、イラン または、中国のどちらかが、核で反撃するようにと仕向けられるでしょう。短期間での双方からの核攻撃の応酬のあと、停戦が持ち込まれるでしょう。世界中が 恐怖と混乱の渦へと投げ込まれるでしょう・・・全てのことが彼らによって注意深く創出されるのです。

緊張による極限状態が創り出され、この結果とし て、全ての西側先進諸国で、厳しい社会統制、軍事統制を敷くことが正当化されるでしょう。 そのための様々な準備計画が、すでに着々と各国で進行中です。

核戦争の停戦中に、こっそりと生物兵器をばら撒 く作戦が計画されています。この生物兵器は始めは中国人をターゲットにばら撒かれるでしょう。この証言者が ぞっとしながら話してくれたように、"中国はかぜをひくのです"。生物戦争はさらに広がっていくでしょう、西側諸国へと。そしてその結果、社会インフラ (水道、エネルギー 供給、道路、経済等の生活基盤)は決定的に弱められるでしょう。

これはほんの始まりにすぎません。このあと、全 面核戦争が引き起こされる可能性があります。
つまり、”本当の”戦争です。破壊が広範囲に広がり、多くの命 が失われるでしょう。以上のような事態の組み合わせにより計画されている人口削減は、現人口の50%減、とこの証言者は言いました。彼はこの数字が述 べられるのをその会合で聞いたのです。

 このぞっとするようなシナリオは、数世代に渡って計画が練られてきました。最初の2つの世界大戦は、この最後の終末戦争への前準 備 だったのです・・・同様によく練られた計画に従い引き起こされた2008年10の金融崩壊、それによって実現した”金融資本の一点集中化” もまた、あることへの前準備なのです。

 まるでこのすべてがまだ十分ではないかのように、この証言者は、「すべての準備は来たる”地球物理学的できごと”を前提として配 置されていっているようだ。」と推測します・・・ 我々の祖先が約11,500年前に経験したのと同じ種類のできごとのことです。 もしこのできごとが起こるならば、ですが・・・ それは、2012年に起こる、とは必ずしも予期されていません。しかし次の10年間のどの時点かで起こると予想されています・・・ それは、現在の文明を破壊するでしょう。それは核戦争の影響さえも小さく見せてしまうほど破壊となるでしょう。

 私はそのことについて、この証言者に質問をしてみました。「もしも予想どおりの破滅的状況が起こるのであれば、なぜ彼ら は第三次世界大戦を引き起こす必要があるのでしょうか?」  彼の答えは次のようなものでした。そして私ははじめて、ことの真相がはっきりと理解できたのです。

 彼は次のように説明しました。本当のゴールは、地殻変動による大惨事のあとの世界を準備することなのです、と。この”ニューワー ルド”(この言葉に注目)こそ支配者たちの手に入れようとしているものであり、それを確実にするためには、全体主義的支配構造を”大惨事が起こるまえに” 準備をしておく必要があるのです・・・ その全体主義的支配構造を、人びとが納得し、それを待ち望むようになるようなうまい言いわけ(戦争による大混乱と恐怖)を用意するわけです。
 いくつかの、注意深く選択された”正しい” 国々において、「戒厳令」がその”大惨事の来る前に” 導入され施行されることにより、”正しい”人びとのみが、大惨事後の地球に生き延び再び繁栄することになる でしょう。そして次なる11,500年サイクルの始まりとなるでしょう。過去数世代に渡り、地球規模の極秘計画が注意深く練られてきたのは、いったい地球 を誰 が継承するのか、ということにほかならないのです。

 ではいったい誰が”正しい”人びとなのでしょうか?それは白色人種です。これゆえ、このプロジェクトの名前は、アングロ サクソン・ミッション と名付けられています。このように ”ニューワールド”が、”彼ら(中国人)”ではなく、”我々(白人)”によって継承 されるようにするため、支配者たちは、中国人大量殺戮計画を正当化しているわけです。

 この証言者は、南アメリカ、アフリカ、そしてアジアなどの第二、第三世界の運命シナリオについては知らされませんでした。しかし 彼の推測では、これらの国々は自力でなんとかするしかなく、ほとんどの人は生き延びれないでしょう、或いは全滅かもしれない、ということです。西側諸国 の、全体主義的軍事政府の白人たちが、この地球の継承者として設定されている人たち、というわけです。

 これは非常に邪悪で、非常に人種差別的で、非常に悪魔的で、非常に大規模な計画なので、ほとんど信じることができないくらいで す。しかしこの話の内容はすべて、過去数年にわたり多くの解説者や研究者、内部告発者たちの認めてきた内容とぴったり一致しています。私個人に とっては、現在の世界がなぜこのような状況なのかという疑問に、これ以上ないほど明確な答えを与えてくれる情報です。またどうして数々の秘密がそれほど 必死に守られてきたのか、という疑問にもこの情報は答えてくれます。それは人種的優越に関することだから、という答えかもしれません。 ナチス第四帝国はいまでも存在し、健全なのです。

 驚くべきことに、この証言者は事態に対し、悲観的ではありませんでした。彼は次のことを強調します、我々(プロジェクト・アバロ ン/キャ メロット)もいつもそうするように、また多くの他の研究者や解説者も強調しているように、”人びとの意識は現在急速に、世界中で、目覚めつつある のです。そしてこの計画された”できごと”は、”必ず起こるもの”では決してありません。" と。
 我々全人類にとっての本当の脅威とは何なのかに気づき、人びとの意識を高めるために共にがんばっていく理由があるとしたら、正に、このメッセージの内容 につき ます。

 添付のビデオを見て、その中の、希望と励ましの力強いメッセージに注意深く耳を傾けてください。そしてそのメッセージを可能な限 り広く遠くまで届けて下さい。我々は多くの言語でサブタイトル付きビデオの製作を計画しています。もちろん中国語を含みます。我々は、人種の壁や区別のな い、一つにまとまった人類という素晴らしい可能性のために立ち上がります。地球の大惨事が起ころうと、起こるまいと、・・・ 我々自身を含め多くの人びとが、それは起こらないだろう、という見方を保持していますが・・・ 我々は自分たちの未来の共同創造者であり、自分たちに本来備わっているパワーを発揮し、自分たちに襲いかかる危険を人びとに警告するするために、で きることは何でもしていくつもりです・・・ 我々の子孫のためにも、この地球上のすべての生命の継承のためにも、人びとが一つにまとまって行動し、より 力強い存在になれるように。

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<追跡!真相ゼロtoZ>
~ゼロの意味する原点の意味の原因を探り
 定量的、科学的にZの行き着く先の真相に迫る~

4 アテルイ、八重の桜から見る本当の歴史と現在の政治状況

2013/4/1 アテルイ、八重の桜から見る本当の歴史と現在の政治状況
追跡 真相 ゼロtoZ アテルイ 八重の桜 見る 本当の歴史 現在 政治状況






服部順治 ‏@JunjiHattori 3月31日
幕府の対応を見てると現在のシリア政府と同じだなー。欧米からの攻撃だ @holden1010: 八重の桜 第13回 「鉄砲と花嫁」③ 1864年9月5日、「下関戦争」始まる。長州藩と、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの列強四国との間に起きた、攘夷思想に基づく武力衝突事件。"


服部順治 ‏@JunjiHattori 3月31日
これで長州は欧米に乗っ取られてしまった。でもそんな肝心な事を言わない@holden1010: 八重の桜 第13回 「鉄砲と花嫁」③ 1864年9月5日、「下関戦争」始まる。長州藩と、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの列強四国との間に起きた、攘夷思想に基づく武力衝突事件。"


服部順治 ‏@JunjiHattori 3月30日
天皇制を宗教の仏教とともにこの日本で確立し、天皇を使って日本を統治していた唐の中国、藤原鎌足らを将軍とする公家の輩達(八切止夫史観)現在の米統治下で弾圧されてる小沢一郎と重なってしまう
 @ameiro_ko_cha56 アテルイ、大丈夫だよ。あなたの名前は後世に息づいているよ



minori haseyama ‏@ameiro_ko_cha56 3月30日
有名人になったら、アテルイもモレも大喜びさぁ……。アテルイ、大丈夫だよ。あなたの名前は後世に息づいているよ・゜・(つД`)・゜・


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「維新」と云う幻想

https://sites.google.com/site/uranenpyou/ishin-gensou


「明治維新」とは一体どこからが維新なのか、そして「維新」の本当の意味を御存知だろうか?

またこの時使われた様々なスローガンの本当の意味を改めて検討したいと思う。

○1853年 黒船来航。

断って於くが先ず明治維新の勝者は長州藩であり、明治新政府はその長州藩が作ったと云うこと。

この時点で多くの史実は明治新政府(長州藩)に都合の良いように作り変えられており、江戸幕府や他の諸藩は悪役であるように伝えられているということである。

「 腐敗の為に不満の溜まった諸藩によって江戸幕府は既に崩壊寸前だった」

「 無為無策で統治能力を失った徳川幕府に代わって薩長等の若い志士が立ち上がり、明治維新を成し遂げ、輝かしい近代国家を建設した」

これらのことは江戸幕府を悪役にする為の 真っ赤なウソである。

従って黒船来航以来様々な事件は起きるが、まだまだ日本は安泰であった。

◎「開国」と「攘夷」

先ず黒船が来航し開国を要求した。この時に持ち上がった「 開国」とはどう云う事なのか。

分かり易く云えば

「 国民と自由に貿易をさせろ」

と云う事である。

 これによって諸外国は、国を弱体化させる為の物資を、それが麻薬でも最新式銃火器であろうと、いくらでも売ることが出来るようになる。

そしてタダ同然の食糧を長期にわたって輸入し国内の食糧生産業界を破綻させ、その後価格を通常に戻せばよい。

もうその国は、輸入に頼らなければ生きていけない国になる。

そして輸入品を買うと云うことは、日本の金が海外に流れると云う事である。

そしたら最終的には日本人は海外資本の奴隷に貶められることになる。

それが「 開国」である。

断って於くがこの「 開国」は「先進技術導入」では無い。

つまり「先進技術導入の為には日本が進んで植民地にならなければならない」と云う意味である。

即ちこの「 開国」とは「植民支配受容」と云うことである。

これに対するのが「 攘夷」。

「攘夷」とは夷人(いじん)を攘う(はらう)と云うことで、「外国人を見たら斬って斬って斬りまくれ!そしたら怖くなって二度とやって来ようとは思わないだろう」と云うこと。

つまり「海外勢力を武力で追い出せ」と云う事である。

情報が乏しいその当時の人々がどれだけ世界の動向を知っていたのか分からないが、直感でこの結論に至ったのであるなら我が国の人々の直感力には底知れぬものがある。

そもそもが艦砲射撃で威嚇して「 植民支配要求」を突きつけて来るような礼儀知らずな連中に、弱腰で接してどうするのか。

◎公議輿論と公議政体

公議とは公正な議論(公論)、輿論とは世間一般の議論(民意)のことである。そして、公議輿論派とは、公論や民意に基づいて政治を行おうとした人々のことである。

これに第一に着手し、抜群の政治手腕を発揮し獅子奮迅の働きをしたのが名宰相、首席老中阿部正弘である。

まず阿部老中は一般情報公開、庶民からも意見を公募し、御三家代表の前水戸藩主徳川斎昭を幕政参与に任じ、親藩代表の越前藩主松平慶永と外様代表の薩摩藩主島津斎彬を幕政の相談役として、全員参加の 民主的挙国一致体制を確立した。

この「情報公開による民主的対応」によって諸大名・幕臣のみならず、庶民からも多数の意見書が出され、後に「国民的議会主義への胎動」と評価された。

この公議輿論尊重の考え方の延長線上に公武合体論が展開され、さらにそれが西洋議会制度の知識で洗練されると、公議政体論が生まれてくることになる。

阿部老中が安政の改革で着手したことは、優秀な人材を登用し、海防技術を飛躍的に高め、徳川幕府の事だけでなく我が国の将来を視野に入れた偉大なる事跡であった。

安政四年、三十九歳の若さで没す。

○1858年 日米修好通商条約、
安政の大獄

○1860年 桜田門外の変

この日米修好通商条約に端を発する「安政の大獄」や「桜田門外の変」などは、水戸藩と彦根藩が十四代将軍の継承をめぐって跡目・派閥争いをしていただけで「維新」ではない。

そしてこの時点で幕府の威光がもともと衰えていたのなら、こんな過激な争いにはなっていなかった筈である。

常識で考えても倒産寸前の会社の社長の座を巡って争う者はいないであろう。

従って未だ幕府は安泰。

実際、彦根藩の井伊直弼が暗殺され、水戸藩の徳川斉昭が亡くなると、両藩とも維新の歴史に関わらなくなって来る。

○1862年 公武合体

◎公家たちの尊皇

黒船来航から始まった世情不安のなか、天皇を担ぎ出して幕府と対立し、日本の内戦を誘うような動きが過激公家から出てきた。

この過激公家たちから出た「尊皇」とはこの混乱を機に幕府から権力を奪うためのスローガンで、幕府や諸藩が天皇に対して「尊ぶ」と云う意味と違う。つまりこの時点での公家たちの「尊皇」とは「幕府は自分達の下に就け!」と云うこと。

◎公武合体論

この状況に対処するべく天皇家と徳川家の婚姻を実施し、公武の分裂と対立を未然に防ごうとした。

それが和宮降嫁による「 公武合体論」である。

公武合体論とは、朝廷と幕府、諸藩が一致協力して国政を運営しようとする考え方である

そもそも幕府を弱体化してどうやって攘夷すると云うのか。

攘夷にしても、外交で立ち回るにも、日本が一丸となって立ち向かわなければどうしようもない。

それに孝明天皇は将軍家茂を深く信頼していた。

だからこそ孝明天皇は公武合体に賭けたのである。

そしてこの公武合体はそのまま幕権強化論の一部となる。

◎幕権強化論(佐幕)

攘夷論で外国人を威嚇するのは良いが、相手が引き下がらなかったらどうするのか?

長く続いた太平の世とは云え幕府は専門戦闘集団である武家の元締めであり、将軍は武家の棟梁である。冷静に戦略を立て国家総動員で長期戦の構えでいれば決して負けることは無かったであろう。戦国時代には世界の銃火器の三分の一を我が国は保持していたのである。

しかし、そうなれば甚大なる犠牲が出るのは間違いない上、軍事技術が遅れていたのは事実であるし、何よりその最新式軍事技術や高性能銃火器を目の当たりにした幕府は、当然それを欲しがった。

その最新式軍事技術を手に入れ迫り来る外圧に対抗すれば、攘夷も可能になり対等に外交が出来る。

海外諸勢力をそれぞれ競合させることによって牽制させ合い、好条件に協力してくれる国を選び、最新式軍事技術を提供させる。

その為には外交窓口を幕府に一本化させる必要があり、幕府の権力を上げる必要がある。

それが「 最新武装技術導入+外交窓口一本化=幕権強化論」である。

つまり攘夷断行の為には最新式軍事技術が必要であり、その為には一旦は開国(決して植民支配受容では無い)し武力を高め、それを円滑に行う為に幕府の権限を強化すると云うことである。

実際に黒船来航から幕府は財政の総力を挙げ、死に物狂いで近代型海軍創設に当たり、十四年の歳月を掛け慶応三年には 対米七割の幕府海軍を整備した。

この頃から攘夷テロが散発し出すが、同年に発生した「寺田屋事件」は薩摩藩の名君島津斉彬の跡目を、島津久光が継いだことに端を発する薩摩藩のお家騒動である。

その島津久光にかかわる「生麦事件」は、日本人をナメきった不良英国人たちによる狼藉で、薩摩藩に非は無い。

従ってこの時点でも未だ幕府は健在、「 維新」でも無い。

ここまでのスローガンは

幕府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 佐幕+攘夷
長州= 佐幕+尊皇+攘夷
薩摩= 佐幕+尊皇+開国

しかしこの年・・・

1862年の夏、上海から国家転覆を企む男がひとり、日本に帰って来たことから歴史の歯車が狂い出す。

即ち長州藩を過激な倒幕運動に導き、国際金融資本の手先として動いた男、 高杉晋作である。

ここからが倒幕テロリズム開始の年となる。

それに先立つ22年前、清国では英国との貿易の結果アヘン輸入量が増大、大量の銀が国外に流出したため、英国との貿易を禁止。これを不服とした英国は貿易保護を理由に軍隊を派遣した。アヘン戦争である。

敗れた清国は南京条約を締結し、英国に香港を割譲、上海・広東・アモイ・福州・寧波を開港した。

つまり香港を始め上海等は英国に本拠地を置く国際金融資本家たちの集合地帯となっていた。

この連中は世界のほとんどを植民地にし、アジアもインド・ビルマ・シンガポール等を支配下におき、アヘンを撒き散らし、略奪・虐殺の限りを尽くして荒稼ぎしていた者たちである。

そして当時清は「太平天国の乱」真っ最中で、「滅満興漢!」(満族から漢族へ)のスローガンを掲げ、そこかしこに打倒・清を目論んでいる連中がいた。

おそらく高杉率いるグループはここで国際金融資本家や打倒・清を目論む連中から革命思想でも吹き込まれたのであろう。

そもそも高杉の師匠、吉田松陰は易姓革命の理論的根拠となっている「孟子」を信奉していた。

つまりその松陰から薫陶を受けた高杉が革命思想に取り付かれるのも故無きことではない。

フランス革命も後のロシア革命もこの国際金融資本家たちが資金の提供元とされていることを考えると、さもありなんである。

○1863年 薩英戦争
     長州藩、外国船を砲撃
     八月十八日の政変

この薩英戦争は先の「生麦事件」の報復攻撃であるが、そもそも薩摩は英国と密貿易で儲けてきた藩であり、ただの仲間割れである。

一方、当時の長州の藩論の主体は「攘夷」であり、長州の外国船の打ち払いはこれが実行された訳である。

この長州藩の考えていた事は、漁業を妨害する外国船を打ち払い、攘夷を唱えていた孝明天皇の信を得ようという、自衛と忠誠心であった。

しかし当の孝明天皇は

「長門宰相の暴臣のごとき、その主を愚弄し、故なきに夷舶を砲撃し、幕使を暗殺し実美らを本国に誘引す。」

とお怒りになるのだが・・・。

従ってこの時点での長州は「倒幕」ではない。

◎尊皇=倒幕

一方、高杉晋作ら過激派テログループの悲願は「倒幕」。 つまり攘夷なんかよりも、自分らが日本の政権を握ることに野心を燃やしていた。

いわば、高杉ら過激派の活動は、攘夷の邪魔にこそなれ、長州藩の思惑とはまったく関係のないところで動いていたわけである。

だからこそ、長州正規軍と高杉率いる奇兵隊は相容れず仲が悪い。

それは同年に起きた「教法寺事件」で、奇兵隊が長州正規軍を襲撃したことで表れている。

これも、そういった実情を考えれば不思議なことではない。

この過激派テログループの自分らが日本の政権を握る野望と、幕府を倒して公家の時代を到来させたい過激公家たちが結託して掲げたスローガンが「尊皇=倒幕」である。

いつの時代でも、世情不穏になるとその黒幕になって国家転覆を企むのは公家の伝統行事みたいなものである。

こうして過激派テログループや倒幕派公家たちの陰謀によって攘夷運動がいつの間にやら尊皇(倒幕)思想に巻き込まれていき、京都に長州や各地のテロリストたちが結集、「天誅」の名の下に攘夷テロの嵐が吹き荒れることになる。

ここで確認であるが、「尊皇」と「攘夷」は本来別モノ。

「倒幕」を企むテロリストたちが、公家たちにそそのかされ掲げたのは「尊皇」、当事者である孝明天皇が掲げていたのは「攘夷」である。

孝明天皇はこの倒幕派公家と過激派テロリストたちを危険視する。

当たり前である。

もう一度言うが、幕府を倒してどうやって攘夷するのか。

それで京都守護職松平容保公や薩摩に命じてこの愚か者どもを京の都から一掃することにした。

それが「八月十八日の政変」。

この辺りから攘夷テロによって治安崩壊に瀕していた京の都を勇猛果敢に守り、大活躍し始めるのが「新撰組」である。

次の年、「八月十八日の政変」で追い出された長州テロリストたちが、すぐにまた京都に集まって大規模なテロを画策する。

それを未然に防ぎ大打撃を与え、新撰組の名を天下に轟かすのが「池田屋事件」である。

この京都守護職松平容保公や新撰組が京の都を攘夷テロから守ってくれなかったらどれだけの死傷者がでたであろう。

○1864年 禁門の変
      下関戦争
      第一次長州征伐

長州藩は池田屋事件後すぐさま反撃に出て、あろうことか京都御所を包囲し総攻撃をかける。これが「禁門の変」である。

御所に向かって発砲するとは何と云う暴挙だろうか。しかも旗色が悪くなり逃げ出すのは良いが、京の都に火を放ち二万七千世帯を焼き払う無差別テロを起こす。

これで「勤皇の志士」とは聞いて呆れる。

これに激怒した孝明天皇、長州征伐の勅令を出す。それが「第一次長州征伐」である。

一方その頃、前年の長州からの砲撃で被害を受けた各国が英国を中心として連合艦隊を組織、報復攻撃へ出る。それが「下関戦争」である。

倒幕派中心グループが京都にいる間に仕掛けてくるとは、まるで共謀してたかのようである。

弱り目に祟り目の長州藩はこれではいけないと椋梨藤太たち保守派層によって藩内の倒幕派テロリストたちを排斥、藩体制の統一を実施し幕府への恭順を表明する。

討伐軍参謀を任されていた薩摩の西郷隆盛は、「禁門の変」の責任者である三家老を切腹させ、過激公家たちを長州から追い出し、何とか幕府にとりなす。

ここでやっと日本は統一された。決して腐敗して弱体化などしていない。

幕府は天皇と手を組み朝幕一体化し、幕権強化を成し遂げ、過激公家や長州藩のテロリストたちを鎮圧した。

これからも海外の諸勢力と渡り合っていける。

ここまでのスローガン

幕府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 佐幕+攘夷
長州= 佐幕+尊皇+攘夷
薩摩= 佐幕+尊皇+開国
公家= 尊皇+倒幕
テロ= 倒幕

問題はこの後・・・。

いよいよ「明治維新」の幕開けである。

○1864年 元治の内乱(維新前夜)

第一次長州征伐によって壊滅的打撃を与えられた高杉晋作や伊藤博文、公家三条実美たち過激派テログループが再び決起し「功山寺挙兵」でクーデターを起こし、椋梨藤太を中心とした保守派を排斥してしまう。それが維新前夜「元治の内乱」である。

ここからが「明治維新」の幕開けである。

このクーデターによって長州藩は完全に反日倒幕テロ組織、「新長州藩」となる。

すっかり国際金融資本の手先となっていた高杉晋作は藩政を掌握すると「開国」、これまで攘夷派が封鎖していた下関港を開港し外国船をどんどん迎え入れ、武器弾薬、外国製品で下関港は溢れかえった。

この辺りから今まですっこんでいた極悪人岩倉具視や武器密売人坂本龍馬、そして薩摩の売国奴たちが一斉に動き出し、時代は風雲急を告げる。

○1865年 米国、南北戦争終結。
○1866年 第二次長州征伐
薩長同盟 

ここでまた不思議な事に米国では、頃合を見計らってたかのように南北戦争が終結する。

後にその南北戦争で使われた武器を二束三文で買い叩き、薩長に高値で売りさばいていたのが英国の金融資本ジャーディンマセソン系列のグラバー商会である。麻薬貿易で暴利を貪った連中である。

そのパシリとなって暗躍した男こそ死の商人・坂本龍馬である。

その頃、薩摩のテロリストたちも動き出していた。

もともと薩摩藩論の主体は「佐幕」であり、「攘夷」ではない。

つまり、「開国」という悲願を内に秘めている。

そもそも薩摩は地理的に本土の末端であるということから、欧米との密貿易で藩政を賄い利益を上げていた。

薩英戦争などの遺恨は色々あったように見えるが、実は薩摩は初めから英国と手を結んでいたようなものである。

だから長州が「攘夷」から「開国」へ転身したところで利害が一致、それなら同盟を結んで自分たちに有利な新政権を立てることも出来ると考えた。

ここで薩摩は「開国」の為「佐幕」を捨て、「倒幕」に変節した。

長州と並ぶ二大反日藩、「新薩摩藩」の誕生である。

つまり薩摩も結局は日本の行く末よりも、自分たちの利益が大切であったのである。

その急進派の代表が、大久保利通と西郷隆盛である。

そして薩摩は長州の武器調達のため英国を紹介した。これを「薩長同盟」と言う。

一般的には「坂本龍馬が、薩摩と長州を結びつけた」と言われてるがそれは間違いで、正確には「薩摩が、英国の商社お抱えの武器密売商人坂本龍馬を長州に紹介した」と云うのが正しい。


○同年、第二次長州征伐
      将軍家茂薨去

○1867年 孝明天皇崩御
         大政奉還

幕府はついに朝敵長州に「第二次長州征伐」を開始、薩摩は当然、出兵を拒否。

しかしこの途中、時代の波に翻弄され幕府の苦悩を一身に背負った悲劇の将軍家茂が21才の若さで亡くなり、幕府軍は撤退を余儀なくされる。

将軍就任以降打ち続く難局をなんとか乗り越え、さらに薩長+英国連合と云う幕府最大の危機に直面した、この真っ只中に病没した。

さらに悲劇は続き、翌年には36才の若さで孝明天皇が亡くなってしまう。

死因は毒殺である。

慶応二年十二月十一日から十六、七日に掛けて発熱し痘瘡(天然痘)によるものと典医一同診断す。

その後回復に向かうが二十五日一転して重体に陥る。

激しい嘔吐、下痢、下血を繰り返し、その日の夜十一時頃には「九穴より御脱血」の重症となり、のたうち回って苦しんだあと息を引き取ると云う、凄惨な最後であった。

明治維新にもっとも深くかかわった孝明天皇の研究は、維新から大東亜戦争終結まで約八十年間、タブーであったのは不可解なことではないだろうか。


歴史家の石井孝氏は法医学者の見解も求め、痘瘡が回復の時点で突如、病状が悪化したのは、砒素をもられたことによる急性砒素中毒であり、使われた毒薬は当時の砒素系の殺鼠剤「石見銀山」をあげている。

石井氏は

「孝 明天皇の毒殺説は没後ただちに広がり、サトウの自叙伝によると、明治初年(1868)には、半ば公然の秘密として語られてたらしい。しかし、戦前の天皇制 下にあって、痘瘡による病死が国定説とされ、毒殺説は国家権力によって禁圧されていた。戦前には天皇の死因について虚像が罷り通り、実像は権力により隠蔽された」

と述べている。

明治天皇の祖父中山忠能は
「毒を献じた結果であり、陰計が企てられた」
と日記に記している。

また「旧皇族が語る天皇の日本史」の著者竹田恒泰氏は

「現代医学の知識を動員して考察すると、痘瘡は空気感染であるが、この時期に天皇の周辺で痘瘡感染者が居ないため、痘瘡自体が生物テロであった可能性が指摘される。また、感染症の常識からしていったん回復に向かったのに急変して死に至ることはありえない。さらに天皇の最期が急性砒素中毒症状と酷似することもあり、天皇が天然痘にかかったことに乗じて、二十四日の晩に誰かが砒素を盛った可能性がある。」

と述べている。

下手人最有力候補は勿論、極悪策士・岩倉具視である。

孝明天皇は、前年の岩倉具美の策謀によって倒幕派公家22人が押し掛け幕府批判を述べ、朝廷が大政を行うべしと訴えでた際には「徒党を組んで乱訴とは何事か!」と烈火の如く怒り、倒幕派公家22人に厳しい処断を下す決断力に溢れた一面があり、また攘夷強硬論者であった天皇ではあるが、中川宮に「深く時機を考えて見ると、慶喜や容保らの奏上するように、まだ武備が充実していないのに開戦するのは時機尚早である」と言い、冷静に状況を分析する栄邁な方であられた。

何より内外の時局を深く憂い、塗炭の苦しみに喘ぐ万民を自らの子とし、その苦しみを救いたいと、将軍家茂に賜った御宸翰でその叡慮を述べられているように慈愛に満ちた天皇であらせられた。

孝明天皇は決して脇役などではない。

陰謀渦巻く朝廷にあって孤軍奮闘し、自ら「国民の盾」となって我が国最大の危機を救おうとした英雄である。

後年、明治新政府の御用学者や小説家等が孝明天皇を

「時局を考えられない、ただの外人嫌いの頑固者」

と無能扱いのレッテルを貼っているが笑死千万の大嘘である。

黒船来航以来一貫して佐幕攘夷を掲げていた孝明天皇は、倒幕派公家やそれと結託した過激テロ組織らの最大の障害となっていた。

孝明天皇が生きてる限り倒幕は有り得なかった。

そこで私利私欲の塊、岩倉具視の毒牙にかかり亡きものとされてしまったのであろう。

幕府の大黒柱である将軍と、その守護者である天皇の余りにも早すぎる死。

ここに来て幕府は突然、求心力に不安を生じさせてしまう。

将軍には、これまで家茂を補佐して来た一橋慶喜がつき、孝明天皇の後継者は明治天皇となる。

しかし当時、明治天皇はまだ15歳。優しく柔和で、政治や武芸にも興味の薄い方であった。

一方、最後の将軍慶喜は後に家康公再来と云われ、短い間ではあったが獅子奮迅の働きをすることになる。

問題は、海外の手先となって倒幕を企てる勢力が一気に膨らんだという事実である。

しかも、一旦遠ざけていた倒幕派公家たちも、これに再び結びつき、倒幕工作に暗躍している。


◎大政奉還(公儀体制)

そして倒幕派がいよいよ決起しようとした時、最後の将軍慶喜は先手を打った。

将軍慶喜による大政奉還と公議体制樹立の奏上である。

大政奉還の上奏文に

「従来の旧習を改め、政権を朝廷へ帰し奉り、広く天下の公議を尽くし、聖断を仰ぎ、同心協力、ともに皇国を保護仕り候わば、必ずや海外万国と並び立つべく、臣慶喜、国家につくすところこれに過ぎずと存じ奉り候」

とあるとおり慶喜は、政権を朝廷に返したのちは、

「広く天下の公議を尽くし」て、天皇の御英断を仰ぎ、諸侯と同心一体となって協力し、彼らと共に我が国を安んじ守りたい、それが自分として国家につくす最大の誠意である、と、公議体制による国家運営を奏上しているのである。

大政奉還と公議体制樹立は、幕末の我が国が採るべき道として最高の政治判断であった。

なぜならそれは、幕府の政権を朝廷に返し、朝廷の下で上下両議会を設置して、議会もしくは行政府の長が、天下の公論を以て政治を行うことであるから、倒幕派は名目を失い、戦乱を避けて平和裏に新しい政治体制に移行できるからである。

この場合の上下両議会とは、当時の概ねの議論では、上院が諸侯を議員とするもの、下院が藩士の中から有能な人物を議員とするものであり、一般庶民まで下院に登用すべきとする議論もあった。

新体制に参加することを余儀なくされれば、海外勢力を牽制しつつ、その中で薩長の不満に対して何らかの対策を講じることも出来る。

そして大政奉還は実行され公家、長州、薩摩ら、倒幕勢力はクーデターの名目を失い、初代将軍家康以来政権を担い、統一国家「日本」の礎を築いた幕府は終焉を迎え「公儀政府」となった。

ここまでのスローガン

公儀政府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 公儀+攘夷

新長州= 倒幕+開国
新薩摩= 倒幕+開国
 公家= 倒幕

しかし、新長州、新薩摩、過激公家のテログループは表向きのスローガンとして「尊皇攘夷」を掲げ、情報工作した。

○1868年 倒幕の密勅
      王政復古の大号令

倒幕の動きは、これまでのテロ活動とは打って変わり変わり、大規模な反乱計画となっていた。

最後の将軍慶喜が「大政奉還」をしたその頃、朝廷から薩長に「倒幕の密勅」が下った。

これは岩倉具視・大久保利通・西郷隆盛らの姦計で、前大納言・中山忠能、前大納言・正親町三条実愛、権中納言・中御門経之らに出させたものであった。

この「密勅」は、幼帝のまったく関知しないところで作成された即ち「公文書偽造の偽勅」である。

慶応3年12月9日、岩倉具視や大久保利通らは武力クーデター計画を進め、佐幕派の摂政・二条斉敬や賀陽宮朝彦親王らを排除し、御所を包囲制圧し明治天皇の掌握した。

この時岩倉具視の主導のもとに発令されたのが「王政復古の大号令」である。

これは「王政復古」と言いながら天皇には実権を渡さず、摂政・関白などの伝統的な上級公家を排除し、天皇親政の名の下、岩倉具視一派や薩長のテロリストらが主導する新政府樹立宣言であった。

そして小御所会議にて徳川家廃却の為「辞官納地」を決定。

その頃最後の将軍慶喜は近代化された旧幕府陸軍五千余人、会津藩兵二千余人、桑名藩兵千余人、その他あわせて一万余人の大軍を率いて二条城にいたが、薩・長・芸の藩兵が続々と入京し京都は一触即発に状態となった。

将軍慶喜は偶発戦争を回避するため大阪へ拠点を移し、江戸へ旧幕府陸海軍の精鋭部隊の来援を命じ軍事的優位を確立する。

のみならず小御所会議での決定に反撃に出る為、外交面でも手を打った。

英・仏・米・蘭・独・伊の六ヶ国の行使を引見し正論で小御所会議の決定を非難し、徳川政権の正統性を諸外国に認めさせ、逆に岩倉具視や大久保利通らを追い詰める。

国際社会から認められた政権が正統政権である。

こうして将軍慶喜は政治的挽回を果たし、巻き返しに成功した。

しかし・・・

ここで岩倉具視のクーデターを鎮圧することが出来れば、歴史はまだ修正出来たのであろう。

○同年、鳥羽伏見の戦い

将軍慶喜の大政奉還によって武力倒幕の名目を失った西郷隆盛は開戦の切っ掛けを作る為、江戸で薩摩のテロリストたちに無差別テロを繰り返させ、幕府を挑発し続けた。

ここへ来て今まで海外勢力が迫る中、同じ日本人同士が血を流す愚を避けようと隠忍自重し、我慢に我慢を重ねた将軍慶喜も幕府も遂に堪忍袋の緒が切れた。

幕府は江戸薩摩藩邸へ総攻撃、焼き討ちにする。

そして将軍慶喜は明治天皇を奪回する為に京へ軍を進め、そこで戊辰戦争の緒戦となる「鳥羽伏見の戦い」が発生する。

滝川具挙率いる幕府軍、「討薩表」を朝廷へ奉上の為鳥羽伏見街道を進発。

薩摩軍に行く手を阻まれ、押し問答の末戦闘開始。

会津藩兵大活躍するも形勢不利の為、滝川隊退却。

これに対して幕府軍は近代化された幕府陸軍を投入。砲兵隊からの支援砲撃を受けた幕府精鋭部隊、善戦し敵中深く突入。

幕府軍有利であったが、この時、

テロリスト側薩長陣営に「錦の御旗」が翻った。

戦況は逆転し幕府軍総崩れ。

敗退・・・。

なぜ幕府軍は、一万五千対五千、三倍近くの兵力を持ちながらこの戦いに敗れてしまったのか。

本来、正規軍によるテロリスト討伐戦だった。

武器の差が、三倍の兵力差を凌いだのであろうか。

いや、その原因はテロリストたちが掲げた天皇の「錦の御旗」である。

つまりクーデターによって無理矢理身柄を拘束されていた明治天皇が、今度はテロリストたちを正規軍だと認め、正規軍であるはずの幕府軍を賊軍とみなしたということである。

「明治維新」は、ここに完了した。。。

将軍慶喜は徹底抗戦派らの意見を抑え、上野の寛永寺に入って謹慎恭順に踏み切った。

こうして政権はテロリスト側に移った。

抗戦派が主張するように幕府が総力を挙げて戦えば絶対に負けなかったろう。

そうなれば外国勢力も介入した激しい内戦となり、どちらが勝っても壊滅的被害が出たであろう。

それが将軍慶喜は良く分かっていた。

この時点でのスローガン

明治新政府= 開国(殖民支配受容)

◎維新後

新政府軍、国民の不満を抑えるため赤報隊に「新政府は年貢半減」と呼ばわせる。

その後、豪商らからの苦情に慌てた明治新政府は赤報隊を解散、幹部を処刑し公約はなかったことにした。

これは現政権民主党が「政権交代」「国民の生活が第一」をスローガンに、出来もしないマニフェストを掲げ国民の支持を得たのと同じである。

そして江戸市中砲撃をやめる代わりに江戸城を開城させ、史料捏造を開始する。

この政権交代以後、国際金融資本の傀儡政府である明治新政府は、政府とは別個の軍事組織である総督府を勅命で組織し、官軍を名乗り戊辰戦争と云う目を覆いたくなるような「侵略戦争」を開始、江戸を攻め、会津を攻め、東北、函館へと蹂躙し、略奪暴行虐殺を続け、植民地とする。

この総督府には、軍令、軍政に関する一切の権限、並びに民政一般にわたる広範囲な裁量権まで与えられた。

この軍事組織である総督府は、後の植民地経営にも応用され、台湾総督府、朝鮮総督府として受け継がれる。

 政府ではなく総督府が戊辰戦争を取り仕切った理由は、政府内部には慶喜に味方する意見や東征反対論があったため、政府自体が戦争指導を行うと、反対派らの意見によって戦争遂行が妨げられるから別立ての組織を整えたのである。

後の大日本帝国憲法は、この軍・政分離の仕組みを明文化したものであった。

即ち軍隊を統帥・編成し、宣戦布告や和平を結ぶ権限を天皇が独占して、議会は、予算面における関与だけで軍部をコントロールする道が閉ざされてしまったのである。

実際には軍事を支配する者たちが、天皇の御名を利用して、議会からの干渉を排除し、自分たちの軍事行動の自由を確保するために定めたものであった。

昭和に入って政治問題化した統帥権独立の議論は、帝国憲法の軍・政分離とシビリアンコントロール排除の規定に起因するものであったが、これらは、根源的には、戊辰戦争時の総督府に由来するものである。

即ち明治新政府の成立過程で既に内在化されていたものなのである。

既に幕府が消滅し「攘夷か開国か、尊皇か佐幕か」の争点に決着がついている以上、明治新政府が東北諸藩を攻める理由は、今や全く無い。

にもかかわらず恭順を申し出る東北諸藩を呵責無きまでに攻撃した。

死んだ者の埋葬を許さず、埋葬した者を罰し、降伏したものを虐殺し、そこかしこで女達を「分捕り」として強姦しまくり、少年達の首を刎ね、その生首を肴に酒盛り・・・。

東北諸藩は搾取と隷属の対象とされ、明治新政府の方針は「搾れるだけ搾れ!」であった。

戦国時代さながらである。

これが近代化を目指す者たちのやることであろうか。

戊辰戦争は、公議輿論に基づく公議体制樹立を阻み、我が国の良き伝統である祭祀王としての天皇のあり方を崩し、天皇の御名を利用して薩長のテロリストとその後継者である藩閥・閨閥・財閥出身の政治家が長く政治を支配するシステムを確立し、国民に対する政治責任を忌避し、我が国の近代型立憲主義の運動を歪め、その発展を遅らせた。

「四民平等」をスローガンに掲げたのにも関わらず、現実には華族・士族・平民と新たな階級をつくり、華族を特権階級化して権勢を振るった。

◎誇り

維新に於ける僅かな誇りとすべきは、旧幕府側が公議政体論を掲げ、新政府内の倒幕派に非を唱え、まさに血の贖いによって「五箇条の御誓文の発布」を政府から引き出したこと。

そして戊辰戦争では短期間で崩壊したとはいえ、会津と奥羽越列藩同盟が郷土防衛のために一致協力して公議体制を樹立し、近代型議会主義のさきがけとなったこと。

新政府の悪辣非道なやり方に異議を唱え、尽忠報国を貫き、老若男女一丸となって薩長土の侵略軍に対して最後まで奮戦した会津藩や、忠義のため、誠のために五稜郭で最後まで戦い抜いた方々によって武士道の誉れを後世に輝かせたことである。

◎保守主義

黒船来航から遡ること64年前、フランスでは「自由・平等・友愛」をスローガンに革命が起きた。

穏やかなスローガンとは裏腹に略奪暴行虐殺の嵐で、ギロチンによる恐怖政治の幕開けとなるものであった。

このフランス革命における革新思想に対してイギリスでは保守主義の父、エドマンド・バークが『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。

『フランス革命についての省察』に於けるバークのフランス革命に対しての批判はそのまま明治維新にも当てはまる。

何故なら明治新政府が行ったことは、フランス革命後の恐怖政治と非常に酷似しているからである。

つまり「維新」とは今さら言うまでもないが極左テロリストによって政権転覆させられた「革命」のことなのである。

「文明開化」や「脱亜入欧」などのスローガンのもとにあれほど多くの欧米の哲学者・思想家の著書を翻訳刊行し流布せしめたにもかかわらず、英米の保守主義のみはほとんど排除された。

明治憲法の運用なども、上からの改革を推進するためドイツ法を範にされることになり、その後東大法学部はドイツ憲法学を中心として英国憲法学を排除した。

そのためコークやウィリアム・ブラックストンとともにバークなどの保守思想は東大のカリキュラムから排除され、ドイツ観念論やマルクス主義がもてはやされた。

これなどはバークなどの保守主義が出回ると革命政権である明治新政府はあらゆる意味で不都合が生ずるからである。

このことは昭和に入っても同じで、日本の知識層と軍部中枢が社会主義一辺倒となり、全体主義(社会主義、共産主義)と対極にある保守主義は、これまた時代に反逆する思想でしかなかった。

また戦後になってもこの傾向は変わらず、ことにマルクス主義に汚染された学界は英米系保守主義の研究を意識して積極的に排斥し、「検閲」と「弾圧」が陰湿に実行された。

我が国に左翼が多いのはこれが原因である。


◎伝統文化の破壊

新政府は思想統制と自らの権威付けの為に「神道国教化政策」を実施、神仏分離令や神社統合令などの大悪法を発令し、それに伴う廃仏毀釈によって神仏を無理矢理分けられ、我が国の心の拠り所を破壊されまくった。

明治新政府の権力を笠にきた神主どもや役人どもによる寺院破壊や仏像破壊等で多くの国宝が失われた。

そして皇室からは古代からの神道に拠るものや仏教、陰陽五行に拠るものなど、即ち神仏習合思想に拠るものを全部撤廃してしまった。

現代の日本人が精神を病みやすいという原点はこの我が国が誇るべき神仏習合思想などの心の拠り所を奪われたからに他ならない。


◎我が国の保守主義とは?

一般に、明治維新によって「日本は世界に雄飛した」、と賛美する人々もいるが、それは明治以降の政府がそのように史実を捻じ曲げたものを、そのまま素直に信じているに過ぎない。

明治新政府が樹立後に始めた数々の悪行は、知れば知るほど恐ろしいものである。

現在から見て幕末の正義と悪が混然としてしまっているのは、当時のテロリストたちが情報の乏しい中にそれぞれ好き勝手な喧伝をし、実態を伴わないスローガンで人々の思想を捻じ曲げようとしたことに第一の原因がある。

それは恰も「尊皇攘夷!尊皇攘夷!」と叫んで、幕府が天皇と敵対し、開国して外人を引き入れようとしていると、その当時の人たちに思わせ、実は自分達が天皇と敵対し開国しようとしてたようなものである。

それともう一つは、「勝てば官軍」の明治新政府が自分たちの悪行を覆い隠し、正道をすりかえる為に、事実の端々を塗り替えた事にもある。

このように欺瞞に満ち、捏造した歴史を押し付け、国体を大いに歪め、天皇を操り人形にし、数々の公約に違反し、偽勅を連発し、自国民を虐殺し、弾圧政治を行った英国の傀儡・明治新政府を賛美するのが真の保守であろうか。

長らく続いた戦乱の病を癒し、太平の世を拓き、庶民文化を花開かせ、同じ日本人同士が争う愚を何としても阻止し、近代化への布石をすべて打って西欧列強から我が国を守ろうとした幕府こそが真の保守であったのではなかろうか。

つまり当時佐幕こそ真の保守主義であったのだ。

しかし、その幕府も今はもう無い。

であれば、その幕府が目指そうとし、「維新」がなかったら歩んでいたはずの「もう一つの日本」を模索し、独立国家「日本」であった頃の江戸文化を現代に適合させた「新江戸体制」を構築していこうとすることが、現代の真の保守主義ではなかろうか。

◎これからの戦い

以上見てきたように明治からの日本は日本では無い。

英国の策略に負けて植民地となったのである。

歴史は繰り返す。

現在の我が国が明治へ回帰したら、また戦争を引き起こし、そして負けるであろう。

大東亜戦争に於いて我が国は欧米列強に「大独立戦争」を挑み、そして負けた。

英国の植民地から米国の植民地に変わった。負けたから・・・。

今度は支那か露西亜か・・・。

日本が日清戦争の勝利に酔い痴れていたその頃、米国では対日戦争計画が立てられていた。つまり第二次世界大戦より五十年近く前から対日長期戦略が策定されていたのである。

それが「オレンジ計画」である。

そしてその計画通り戦争は進み、計画通り勝利した。

計画誤差は殆ど無い。

つまり米国の勝利は戦争前から確定していたのだ。

戦争に於いて「やってみなければ分からない!」などと言ってるのは愚か者である。

戦国時代の諸武将たちが学んだ兵法書「孫子」には以下のように書かれている。

『昔えの善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ』

古代の巧みに戦う者は、まず敵軍が自軍を攻撃しても勝つことの出来ない態勢を作り、敵軍が態勢を崩して、自軍が攻撃すれば勝てる態勢になるのを待ち受けた、と云う意味である。

さらに

『善く戦う者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦い、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝を求む』

巧みに戦う者は、決して敗れる恐れの無い態勢に身を置き、敵が敗れさる機会を逸しない。だから勝利する軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を予定通り実現しようと戦闘するが、敗北する軍は、先ず戦闘を開始してから、その後で勝利を追い求める、と云う意味である。

このように戦争とは先ず勝たなければならない。実際の戦闘はその勝利の確認作業なのである。

最近やたらと、「隷米体制を脱却せよ!」或いは「中国と一戦交えてやれ!」と威勢良く云っている方を見かけるが、果して我が国の軍事力と我が国を取り巻く軍事情勢を理解してるのであろうか。

属国支配から脱するにしても、一戦交えるにしても、何十年何百年と云う視野で見なければならないのである。

そして戦いに於いて「勝つ」ことより最も大切なことは「負けない」と云うこと。

これからの戦いは「物資の量」でも「核」でも「経済」でもない。

我が国独自の伝統文化に基く「価値観」である。

そう、明治以前の「循環と調和」を尊ぶ、即ち「和を以って尊しと為す価値観」である。

これこそが我が国最大最高の武器である。

その為に早く「維新」と云う幻想から覚めなければならない。

今度こそ「負けない戦い」を始めよう。

◎おわりに

真の黒幕とは一体誰であったのだろうか。

国際金融資本ジャーディン・マセソン?、英国首相パーマストン?、英国公使パークス?、通訳官アーネスト・サトウ?、仏国公使ロッシュ?・・・

勿論、グラバーだの坂本龍馬だの岩崎弥太郎だのはジャーディン・マセソンの手駒の一つに過ぎない。

そして、そのジャーディン・マセソンも・・・。

それとも「明治維新」とは薩長を支援した英国と幕府を支援した仏国の代理戦争だったのか・・・

それとも英仏の日本植民地化共同作戦だったのか・・・

何れにしろその当時の世界情勢からこの「明治維新」を読み解かなければ、その本当の姿は見えて来ないだろう。

終わりに当たってTHINKERさんが素晴しい動画を提示されていたので紹介する。
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<追跡!真相ゼロtoZ>
~ゼロの意味する原点の意味の原因を探り
 定量的、科学的にZの行き着く先の真相に迫る~

5 追跡!真相ゼロtoZ

2013/4/1 追跡!真相ゼロtoZ
追跡 真相 ゼロtoZ







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服部順治 ‏ @JunjiHattori

原発再稼動を停めようと佐賀県庁にのりこんだ山本太郎さんを
刑事訴訟した京都の行政書士の方が
なぜか半年近くも経った今頃、下記のビデオを見て、
その行政書士は幸福の科学の信者ではない、とのことで
「名誉毀損及び名誉感情侵害行為」で
慰謝料 45万700円を支払うように
こんどは私を訴えてきました。
(^_^;)

どうも小沢一郎さんと市民との対話という番組に出て
「裁判所もおかしい」と言った直後に告発している感じです。
(^_^;)

この行政書士と戦うためにも
裁判の費用が必要です。
左記の寄付欄より、
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未だにセシウム・希ガスを大量に放出し続けているフクシマ

対馬が統一教会の「日韓海底トンネル」早期建設を国に要望
http://iiyama16.blog.fc2.com/?no=4157
総工費は10兆円。工期は10年。
安倍晋三は、今後10年間で約200兆円分の建設国債を発行すると明言しています。
・・・麻生太郎が、2007年、この統一協会系「日韓トンネル研究会」の顧問に就いています。
麻生太郎は、外見では「嫌韓」ということになっていますが、統一教会だけは嫌いではないようです。
セメントも同時に売りたいようです。
日韓トンネル計画は、韓国側では「政府レベルの国策事業」で国民周知だが、日本では隠蔽状態にある
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「福一石棺桶化も日本の技術なら簡単」
対馬のトンネル掘ってる場合じゃない。さっさと福一周囲に垂直3段重ねの円周トンネルを完成させるべし。
シールド掘削機を使えば3台で突貫工事で工期1年も懸からないはずである。工費も5000億円程度、東電
の資産売却でおつりが来るでしょうw
>>http://onodekita.sblo.jp/article/53274470.html

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